「な…」
なんですか、これ。
HTの奥の方で休んでいたオレらに、嵐がやってきたのです。
「蛮さん、銀ちゃん!コレ、私からのバレンタインチョコですっ!」
開店前のHTにやってきた蛮ちゃんとオレに、走り寄ってきたのは夏実ちゃん。
満面の笑みで渡されたのは黒い箱に赤いリボンでラッピングされたものと、
逆に赤い箱で、黒いリボンのもの。
…そう、今日はバレンタインなのです。
「わーっ、ありがとう夏実ちゃん!」
「お、サンキュ」
女の子からチョコをもらえた、というのは男としてもちろん嬉しいし、
…食費が少し浮いた、という面でも喜びを感じたオレらは、夏実ちゃんにお礼を一つ。
「あ、お二人とも、ホワイトデーとか気にしなくていいですからね!」
にぱ、と笑って夏実ちゃんはお店の準備を始めに奥へと行ってしまった。
「…よくわかってんな、夏実ちゃん…」
「うん…さすが夏実ちゃん」
そんなこんなで、オレらは開店時間までのんびりとしていたのです。
…だけど。
時間になって、お店が始まったと同時に。
「っ、うを!?」
「わ…っ」
物凄い数の女の子達が、HTになだれ込んできたのです。
「わぁ…」
夏実ちゃんも波児さんもびっくりしてる。
そりゃそうだ。…全員女の子で、なんだか興奮してる?みたい…。
「な、なにあれ蛮ちゃん…」
オレたちは奥の方に座っていたから、よく状況が掴めないまま。
「さぁ…。あ、俺らにチョコ渡しにきたんじゃね?」
なんて、いたずらっ子みたいな顔で蛮ちゃんが笑った。
「まさかぁ!いくらなんでもこんな数…うがっ」
それを笑って飛ばそうとしたオレの台詞…じゃなくて、オレが吹っ飛ばされていた。
「な、…!?」
椅子から思いきり落ちたオレは、必死に体勢を整える。
でも、後ろから次々と押し寄せてくる何かに阻まれてうまくいかない。
な、なに…!?
さっきからよくわからないことが連続で起こっていて、何がなんだか…。
「…じ、銀次…!」
姿は見えないけど、蛮ちゃんの声がざわざわとした中から聞こえた。
なんだか蛮ちゃんも苦しんでる…?そんな声だった。
た、助けなきゃ…!
「蛮、ちゃ…!」
ぐっ、と腕を力強く掴まれて、何か温かいものに包まれた。
「え…」
鼻腔をくすぐる、嗅ぎ慣れた煙草の匂い。
「蛮ちゃん…」
蛮ちゃんは、オレを胸に抱えるようにして守ってくれていた。
「大丈夫か?すっげぇな、女って…。怖ェよ」
耳元で、少し苦笑が混じった声で蛮ちゃんが呟く。
「えっと…何が何だったの?」
いきなり吹っ飛ばされたオレは、何もわからない。
…とりあえず、あの後ろからきていたのは女の子達の大軍、ってことはわかったけど…。
オレは女の子に吹っ飛ばされたってこと?
「…まぁ、ようするに…」
俺ら奪還屋がほぼ毎日ここにきてることを知ったアイツらは、
今日バレンタインだからチョコかなんか渡しにきたんだろ…。
俺達はモテモテ、っつーことだな。
って蛮ちゃんは笑いながら言ってたけど…
オレは笑えません…。
もちろんひどい目にあったのもそうだし、女の子達がチョコ渡しに来たってことは…
蛮ちゃんの事が好きってことでしょ?
「う…うん、そうだね…」
そう思うと、気分が暗くなってきて…。
慌てて笑顔を浮かべた。
蛮ちゃんは女好きだから、チョコとか渡されたら、やっぱり…その、お付き合い…とかするのかなぁ?
そりゃ蛮ちゃんはカッコいいし、頭いいし、優しいし…。
好きになっちゃったって、無理ないよね…。
…オレ、我儘なのかなぁ。
蛮ちゃんに、オレだけの相棒でいてほしいって…そう思っちゃってる。
「…あれ?」
そういえば、さっきまでいた女の子達は…?
嵐が過ぎ去ったように、HT内は静かだった。
「あぁ、アイツらか?モノだけ置いてってもらってすぐ帰らせたぜ」
なるほど…。貰うものだけ貰って帰らせたんだね…。さすが蛮ちゃん。
「よし、じゃぁどんどん食え!」
「うんっ!…え?」
…蛮ちゃんは、食べないの?
視線でそう訴える。
「お前、甘いモン好きだろ?」
目を細めて、柔らかく微笑む蛮ちゃん。
…うれしいな…。
こんな些細な気遣いだけで、オレはこんなにも幸せな気持ちになれる…。
「っうん!大好き!」
…甘いモノも好きだけど…蛮ちゃんが一番大好きだよ。
「ほれ、中身見てみろよ」
机に山のように置いてある箱や袋を指さす。
ポン、とオレの頭に手を置いて、
「…てかすっげー量だな…」
とか言ってる蛮ちゃんに抱きついた。
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