…ダメだ。この雰囲気じゃ話せる事も話せやしない。
一度外へ行こう。うん、外の空気を吸って、落ち着いてから蛮ちゃんと話そう。
「…蛮ちゃん、ちょっと用思い出した…。ごめんね、戻ってきてからお話しする!」
逃げるようにHTから出た。
「…おい、蛮」
…波児の声が遠い。
今の俺はどうもおかしいらしい。
――いや、そんなん最初っからわかってる。
銀次に拒まれたときのショックは、尋常じゃなかった。
「…蛮!」
さっきより少し大きめな波児の声。
…あぁ、やっとハッキリと聞こえた。
「…あ?」
「あ?じゃねぇだろ。可哀想に銀次、お前があんまりにも暗いオーラ纏ってっから…
怖がって外に行っちまったじゃねェか」
…そうですか。
銀次は俺のことが怖いんですか。
そりゃぁそうですよね。
ちょっと近づいただけであの反応ですもんね。
…どんだけ嫌なんですか。
いくら俺様でも本気でヘコむぜ…。
「…さっきの女の子、なんなんだ?俺知らねェぞ」
そうだ。銀次を呼び出したあの女の子。
何なんだ?銀次とはどういう関係だ?
会話を聞いていれば、どうやら会った回数はまだ数少ないはず。
そして…あの子は、銀次のことが好きだった。
…うん、ここまでは別にいいんだよ。
基本銀次は優しいからな。一目惚れされたっておかしくはねェんだよ。
だけど…あいつの好きな奴って、誰なんだよ…。
俺様でも結構高い評価をつけるあの女の子を振るほどの相手。
…誰だ?ヘヴンか?夏実ちゃんか?…もしやの卑弥呼か?
…いや、いくらなんでもこの三人はないか。じゃぁ誰だってんだ。
俺の知らねェやつか?俺の知らない間に銀次君は色恋モードに入っちゃったって感じですか。
…ひでぇ。マジでひでぇ。
あいつ、俺の気持ちも知らずに…。
って、伝えてねぇから知ってるはずもないんだけど。
だけど。だけどよ。
…この距離感は何だ?
俺だけ銀次を思っている、この追いかけっこ。
そして当の銀次は俺の知らない相手を追っかけてる。
…何なんだ、コレは。
日頃の行いが悪いからか?
だから初めて本気になった相手も…
自分のモノにできねぇってのかよ?
初めて本気になった銀次だから。
どうしてやればいいのか、わからない。
そして、初めて本気になった相手が男、という事実。
正直、まだ自分でも呑み込めていない。
でも、銀次が好きだ。
気付けば、無意識に銀次を目で追ってしまっている。
銀次が笑っているのを見ると、心が和む。
銀次が泣いているのを見れば、俺がその涙を止めてやりたいと思う。
俺が、守ってやりたいと思う。
「……波児…俺ぁどーすりゃいい…」
思わず漏れた一言。
「…意地なんて張っててもいいことなんざ一つもねェぞ。たまには素直になれ。銀次に…お前の気持ちを教えてやれよ」
素直、ねぇ。俺から一番かけ離れたコトバ。
「…ンな簡単に言えたら苦労しねェよ…」
――好きだ、なんて。
「…だろうな」
そんな俺を見て、波児は苦笑を見せる。
「だけどな、蛮。物事にはタイミングがある。
…いい機会だと思わないか?乙女みてェだけどよ。
バレンタインに気持ちを伝えるのは女だけっつーわけじゃねぇぞ?」
く、と波児が口角を上げる。
…ちくしょ。
波児の言う通りにするのは、ちと気に食わねェが。
年に一度、世の女が張り切る日。
俺も頑張ってみっか?
「はぁ…」
うん、言うことはちゃんとまとまった。
…んぁ、それだけでいいのかなぁ?
バレンタインなのに。
何かあげたほうがいいんじゃないのかなぁ…。
…でも、蛮ちゃん甘いモノ嫌いだし。
何か買ってあげられるほどお金持ってないし…。
蛮ちゃんが何が一番欲しいのかとかわかんないし…。
俺の中では『蛮ちゃんが欲しいもの=お金』になってるからなぁ…。
「どぉしよ…」
あ―…
「いいこと…考えたっ!」
「蛮ちゃんっ!」
ちりん、と小気味いい音を立てて、銀次が帰ってきた。
「銀次…」
先程HTを出て行った時に見えていた怯えは全くなく、反対に、明るい雰囲気を纏っている。
「蛮ちゃんっ、あのね?」
たったっ、と軽く銀次が走って、蛮の座っている席へと向かってくる。
「あのね…オレ、蛮ちゃんが大好き!」
――蛮の目の前に立った瞬間、銀次が放った告白。
「………は?」
思わず、蛮は目を見開いた。
…いきなり、好きな相手に『好き』と言われた。
しかも、満面の笑みで周りに花でも見えそうな勢いで。
…俺は、夢でも見ているのか?
蛮の頭の中では、『オレ、蛮ちゃんが大好き!』という銀次の台詞がグルグルと回っていた。
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