「それとね、これっ!」
そう言って渡されたのは、…何の包装もしていない、煙草の箱。
「…俺に?」
こうやってわかりきっていることをわざわざ聞くのは、自分でも意地悪だと思う。
けれど、銀次の口から聞きたかったのだ。
「うん!蛮ちゃんへのプレゼント!」
…ほら、いつでもこいつは俺の欲しい答えをくれる。
「…なんで…?」
こいつがあんまりにも可愛いから。
また言葉を求めてしまう…。
「バレンタイン、でしょ?オレ、蛮ちゃんが好きなの。だから、…だから…」
途中で恥ずかしくなったのか、俺の反応が怖かったのか。
銀次は途中で言葉を切ってしまった。
…これ以上虐めるのは可哀想か…?
さっきまでの不安、苛立ちは何処へ行ったのか。
今では銀次を虐める程の気力がある。
銀次の言葉一つで、ここまで俺は変わるのか。
銀次の行動一つで、こんなに嬉しくなるというのか。
「…銀次。ちょっと行きてェとこあんだけどよ。…来てくれっか?」
もちろん銀次が断るとは思っていないけど。
ま、とりあえず…な。
「行きたい、とこ…?」
俯いていた顔を上げ、銀次が少し掠れた声を出す。
「おう。んじゃ、スバル戻んぞ」
そして、銀次の肩を掴んでHTを出ようとした時。
背中にある視線を感じた。
「…波児…次、ここに来る時…今までの俺らとは違うから。よろしくな」
ぐいっと首だけ回して、波児の方へ顔を向ける。
…さすが、というべきか。
波児の口角は綺麗に上がっていた。
「ま、頑張ってこいよ」
…その黒いサングラスからは、瞳が全く見えない。
何を考え、何をその瞳に映しているのか。
だけど、この人物は…いつでも俺らを新しくしてくれんだ。
「次からは相棒、じゃなくて恋人、だから」
そう残すと、こっちに首を傾けて不思議そうにしている銀次の頭を掴んで戻し、HTを出た。
「蛮ちゃ…ここ…?」
それは、誰が見てもラブホテルだと分かる建物。
にっぶい銀次でもわかったらしい。
その声には、明らかに戸惑いが混じっていて…。
「…嫌?俺と、ココに入るの…」
銀次をここに連れてくるまで、得意の強引さで引っ張ってきたと言っても過言ではない。
だから、正直……少しまだ不安だった。
確かに銀次は、俺に好きだと言ってくれた。
でも、それは…身体の関係とはまた別問題だろ?
絶対に無理矢理にはしたくねェんだよ、銀次…。
お前に痛い想いとか嫌な想いとか…させたくねェから。
だから、嫌だったらはっきり告げてほしい。
『こういうのは望んでいない』、と。
「蛮、ちゃ……オレ、男だよ…?蛮ちゃんが好きな、おっきな乳だって、何も…何も持ってないし…」
どうやらホテルの中に入った後、ナニをスるかは大体分かっているらしい。
「…関係ねェよ。お前だから、欲しいんだ…」
…自分でも、ここまで必死に銀次を口説くとは思ってなかった。
一度拒否されたら諦めるつもりだったのに…
銀次が欲しくて、堪らない。
「蛮、ちゃん……オレ、その…こういうの、初めて、だから…」
「…怖い?」
――怖くて当たり前だ。
男のモノを、自分の胎内にいれるなんて。
そんなの、誰にとっても恐怖でしかないだろう。
ましてや初めての人間ならば、快感を知らないのだからもっと怖いはず…。
「…う、ん…」
…そうだよな。ちょっと強引すぎたか…。
「…わかった。悪かったな、ビビらせちまって…」
隣で俯く銀次の頭を軽く撫で、スバルへ戻ろうとした、時。
歩こうとした俺のシャツを、握るものがあった。
「銀、次…?」
シャツの裾を掴んでいる手は、銀次から伸びている。
よく見ると、その手は…小さく震えていた。
「…銀次…」
下を向いていて、その表情は伺えないが。
…きっと、泣きそうな顔をしているのだろう。
もしくは、既に泣いているとか。
「…あのな、銀次。お前が無理する必要なんて…これっぽっちもねェんだ。
早まっちまった俺が悪ィんだ…。だから、とりあえず今日は…戻ろうぜ」
怖くても、俺を繋ぎとめてくれる、この小さな手がとてつもなく愛しくて。
銀次が欲しい、という欲望はまだ変わらないが、とても穏やかな気持ちだった。
心だけでも、十分に満たされた。
「うう、ん…違うの…!怖くない、って言ったら、それは嘘になっちゃうけど…。
でも、蛮ちゃんともっと近くなれるなら…シたい、よ…」
静かに、その顔を上げて。
まっすぐに、俺の瞳を見た。
その琥珀色の瞳には、薄く涙の膜が張っていて。
…やっぱり、今にも泣きそうな顔をしていた。
泣かしたいワケじゃぁねェんだけどな…。
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