「銀次…」
名を呼ぶだけで、切なくなる。
…それほどに、愛している。
だけど、これはオレの一方的な気持ち。銀次からすれば、迷惑以外の何物でもないだろう。
わかっているが、止められない。
「銀、次…」
でない。何かあったのか?
昔から銀次は不器用だった。ケガもよくしていた。
…嫌な予感が、頭をよぎる。
見たところ、銀次は独り暮らし。
何かが起きても、すぐに助けてやれる人間は…いない。
「…くそっ」
よく考えてみれば、謎だ。
何故この年で銀次は独り暮らしなんてしている?
確かに、アイツの両親は早くに亡くなったらしい。だけど、親戚ン家に引き取られていたはず…
その家でも幸せそうに暮らしていたはずだ。
少なくとも、誰よりも傍で銀次を見ていたオレにはわかる。
ならばどうして、銀次は…
考えれば考えるほどわからなくなる。
ワケがわからない。
…とりあえず、銀次の独り暮らしの話は置いておこう…
蛮はそう区切りをつけると、もう一度インターホンを鳴らす。
しかし、その後に反応は何もない。
心配は積もっていくばかり。
「銀次…」
早くこの扉が開いて欲しい、という願いからか、無意識にドアノブに手が向かう。
開くはずもないドアノブに、手をかけたまま下に力を込める。
キィ…
「ぁ…れ?」
開い、た?
気のせいだと思いなおし、一度ドアノブから手を離す。
…そしてもう一度手をかける。
キィ…
鍵がかかってなかった…?
どんだけあいつは無防備なんだ…。
相変わらずの間抜け加減に呆れる。
しかし、これは…
勝手に家の中に入っていいのか?
いや、いいワケがない。
これでは完璧な不法侵入…。
少しドアをあけ、中に顔をちょっと出す。
「…銀次…いねェのか…?」
一人尋ねるが、返事は返ってこない。
その時、何かが倒れるような音がした。
「っ…!?」
やはり、何かあったのか…?
犯罪、という言葉が頭の中をグルグル回っている。
けれど、今本当に何かあったのならば、ここで助けなければ後々オレは絶対に後悔する…。
なぜあの時、助けに行かなかったのか、と。
そう思い、蛮は家の中へと足を踏み入れた。
ギシ、と自分の足で廊下を歩く音がする。
銀次はどこだ…?
部屋の中は、独り暮らしの割には広い。
少し、広すぎるくらいだ。
一家族住んでも十分なほど…。
色々と気になることはあるが、今は銀次を探す。
トイレには、いなかった。
一番手前、右側の部屋にも姿は見えなかった。
部屋の中の扉をあけると、極普通のリビング。
見渡すが…ここにも見当たらない。
残るは、リビングの奥にある一つの部屋。
部屋の扉の前までいき、ドアノブに手をかける。
「…ここ、か…?ここにいるのか、銀次…」
返事が戻ってこないことはわかっている。
けれど、どうしても問わずにはいられない。
今の自分は、この扉を開ける事を躊躇っている。
きっと、銀次に拒まれるのが怖いから。
…銀次に非難の瞳でみつめられるのが、怖いから。
自分で銀次を怖がらせることをしたくせに…。
何を今更俺は…。
嫌われている覚悟はできている。
もう二度と、銀次と笑って話せないかもしれない。
もう二度と…銀次の隣にいることを、許されないかもしれない。
俺は、扉をあけた。
扉を開け、目に飛び込んできたのは…
銀次の倒れている姿。
「っ…銀次…ッ!!」
我を忘れて銀次へと駆け寄る。
元々座っていたのか、足を丸めた状態で倒れている。
どうやらそのおかげか、目立った傷はないよう。
「っ、銀次…」
胸に安堵が広がる。しかし、これで完全に安心できる状態ではない。
お姫様だっこをするように銀次を抱え、すぐ隣にあるベッドへとそっと横たえる。
額に手を当てると、冷たかった俺の手に広がる熱。
コイツ…熱出してたのか?結構高いみてェだぞ…。
理由はともかく、とりあえず休ませねェと…。
銀次がベッドの上で大人しく寝ていることを確認し、台所へと向かう。
そしてボールの中へと氷水をつくり、タオルを浸す。
もう一度銀次の部屋へと入り、浸したタオルを軽く絞る。
そのまま冷やしたものを銀次の額へとのせる。
「……」
今のせたばっかりなのにもうタオルが微温(ぬる)い。
「…本当は体温、計ってやりてェんだけどな…」
探してみたけれど、体温計が見つからなかったのだ。
…この様子だと、ざっと38℃くらいか?
息は上がっているし、頬は赤く染まっている。
「…辛ェよな…」
一度タオルをとり、直で銀次の額を撫でる。
今の冷えた俺の手にはちょうどいい熱さ。
自分の手も温かくなると、氷水の中へ手を入れ冷やし再び銀次の額へのせる。
そのたびに銀次の表情が和らいでいくのが嬉しくて、何度もそれを繰り返していた。
「…!」
聞こ、えた。
確かに、聞こえた。銀次の…声が。
「、ちゃ…蛮、ちゃん…」
「っ…」
最初よりは楽になったが、やはりまだ苦しそうな銀次。
その銀次の唇が、…声が。
俺の名を呼んだ。
バカみてェに嬉しくて…
布団の下にある火照った銀次の小さい手をそっと握った。
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