気づけば、もう帰りの会は終わっていて。
オレは逃げるように教室から出た。
帰り道、ずっと考えてた。
どうしてあの時蛮ちゃんがオレにキスをしたのか。
どうして有名な学校からここへときたのか。
…どうして、今頃になってオレの前へと姿を現したのか。
そして、どうしてあの時オレの前から消えてしまったのか。
最後の問いは、なんとなくオレでも想像はつくけど。
…きっと、オレと一緒にいるのが嫌になったんだ。
オレはあの時、「バカ」なんて言ったから。
蛮ちゃんは、泣きそうな顔でオレを見ていたのに。オレは自分のことで精いっぱいで、
蛮ちゃんの気持ちを考えてあげられなかった。
そして、一人で被害者ぶってマンションを飛び出て…
案外、蛮ちゃんの前から消えたのはオレかもしれない。
蛮ちゃんがいなくなっちゃったんじゃなくて、オレが蛮ちゃんから逃げた。
…蛮ちゃんはオレのことなんてもう、嫌いなんだ。
考えるほど、気持ちは冷たくなっていく。
だったら考えるのをやめればいいのに、と思う自分もいるけれど、
どうしても頭から離れない。…衝撃が、強すぎて。
オレの中で蛮ちゃんはとても大きな存在だったからこそ、いなくなってしまった穴も大きかった。
『他の誰か』では、塞げないほどの。
「オレはたぶん、…蛮ちゃんのことが好きだったんだろうなぁ…」
今更、そんなことを思う。
…もう、遅いのに。
いくら蛮ちゃんが同じ学校に居て、距離が近くなったとしても、離れてしまった心の距離は普通じゃない。
もう、取り戻せないほど、遠い。
家に着き、すぐに自分の部屋へと向かう。
そして、ベッドに寄りかかって座る。
宿題とかもあるし、やらなきゃいけないこともたくさんあるんだけど。
どうせ今やったって集中できない…。
「はぁ…」
もう、この気持ちは消さなきゃいけない。
どうせ、届くことはない。
頭のどっかで、誰かがそう言っている。
…実際、オレもそう思う。
あの時蛮ちゃんを拒んだのは他の誰でもないオレだし、
逃げ出したのも、追いかけなかったのもオレ。
気持ちを伝える資格も、もっと言えば、蛮ちゃんと話す資格すらない。
ならば、これ以上苦しむ前に捨ててしまえ。
そう思う。
だけど、捨てきれないほどにこの気持ちはおっきくなってた。
自分でも気づかないくらいに。
捨てようと思っても、捨てられるわけない。
忘れようと思っても、大好きな蛮ちゃんのことを、あの日々を忘れられるわけがない。
…じゃぁ、どうすればこの思いは吐き出せる?
このまま溜めておけば、オレはいつかオカシクなってしまう。
伝えられないのに、捨てられない。
…なんて残酷な思いなんだろう。
だって、蛮ちゃんにこの気持ちが届くことはないんだよ?
だったらこんな感情、捨ててしまった方が全然楽だ。
だけど、捨ててしまったら、もっと苦しいと思う。
これ以上苦しくなるのは、もう嫌だ。
だったら、どうすればいい?
自分がどうしたいのかもわからない。
蛮ちゃんにどうされたいのかもわからない。
…あぁ、まるであの時みたいだ。
何もかもがわからなくなって、すべて投げやりにしたくなって、涙が溢れる。
あの時と、同じだ。
…今だって、俺の頬には涙が伝ってる。
「ふっ…く…うぅ…も、やだぁ…」
なにもかもを放り出したい。
オレには関係ありません、と。
「も、出てって…出てってよぉ…!」
オレの頭の中から、出てって。
苦しくて苦しくて、涙が止まらない。
最も、この家には誰もいないから止める理由もないけれど。
泣いている途中に、ふと気がつく。
「…頭、いたい…身体だるい…重い…」
まさか、本当に熱でもでてしまったというのか。
「…うそぉ…」
他に風邪の症状が出ているわけでもない。
だとしたら、思い当たるのは知恵熱。
…普段、どれだけオレの頭は使われてないんですか。
ちょっと自分の頭の弱さにヘコむ。
あ、これ、やばいかも…
目の前、ぐるぐる回ってる…
…床に座っていて、よかった。
倒れても、きっと痛くない…。
身体に力が入らなくなって、横に傾く。
床がどんどん近付いてくる。
…もう、ぶつかる…
そう思った時、銀次の意識はぷつりと途切れた。
ピーン...ポーン...
…これで10回目のインターホン。
さっき家へ入るのを見たのだから、まだ帰ってきてない、というのはあり得ない。
…銀次。
やっと、会えた…。俺の大切な、銀次。
あのあと、俺は銀次の傍にいる資格はない、と考え今まで住んでいた町を出た。
というか、逃げた。
あの明るい銀次の笑顔が、もう俺に向けられることはないだろう、と考えると、怖くていられなかった。
何よりも、銀次の笑顔が好きだったのに。
Novel