Shape of happiness-Sad memory-

 

「ぎーんじっ!早くこっちこいよ!」
「待って、待ってよぉっ、蛮ちゃぁん…!」

待って、と言った時には意地悪そうに行ってしまうクセに。
オレが本気で待ってほしい、と思った時には、少ーし先で待っててくれる。
そして、オレのすぐ傍まで来て、手を差し伸ばしてくれる。

そんな優しい、4歳上の蛮ちゃん。
小さい頃から家がお隣同士で仲が良かった。
といっても、オレが蛮ちゃんのことが大好きでひっつき回ってただけだけど。
それでも蛮ちゃんは、嫌な顔一つせず一緒にいてくれた。

オレは蛮ちゃんが差し伸べてくれる手を、
振り払った事は一度もなかった。

あの時までは…。
いつからか、蛮ちゃんのオレを見る目が少し変わってきている気がした。
…見る目が変わったというか、オレへの接し方が変わってしまった。

前までは、オレが皆の前で抱きついたりしても、抱きしめ返してくれた。
オレが泣いてしまったときも、
泣きやむまで優しく抱きしめてくれていた。

遅くまでバイトがある日も、
店の前まで迎えにきてくれていた。

蛮ちゃんは忙しいし、何だか申し訳ないから、
オレは何回も大丈夫だよ、って言っても、
「オレがこーしたいの。」
って言って、一緒に帰ってくれた。
俺はそれが、何だかんだ言ってすごく嬉しかった。

そのあたりからだろうか。
冷たくなった、という言い方は少し違うかもしれない。
感情的になった、というのだろうか。

ある時、蛮ちゃんがオレに誕生日プレゼントをくれた。
それは、オレが前から欲しがってたもので。

いつもみたいに、オレは蛮ちゃんに抱きついた。
ありがとう、大好きだよ、って伝えるために。

いつもみたいに抱き返してくれるんだと思ってた。
だけど、その時は違った。

確かに、抱きしめてはくれた。
でも、その力が尋常ではなかった。
少し、苦しいくらいで。
でも、どうしても離してほしい、というほどではなかったから、
オレは何も言わなかった。

そのまま蛮の手は、片方を腰に手を回し、もう片方は銀次の頭へ。
いつもと手を置く位置が違くて、あれ?とは思ったけど、
別にたいして気にはしなかった。

でも、次からの動きがおかしかった。
蛮の手が、銀次のシャツの中へと忍び込んできたのだ。

「ひぁっ…!蛮、ちゃ…?」
蛮ちゃんの手がすごく冷たくて、
びっくりして声をあげた。
蛮はオレの肩口に顔を埋めたまま、耳たぶに唇を押し付け、囁いた。

「…お前、他の奴にもこーゆーコトしてんの?…はっ、純情なフリしといてこれかよ…」

蛮の表情は見えなかったけど、
様子がおかしいことは声の音色ですぐにわかった。
怒り、悲しみ、憎しみがすべてまざったような。


「え…?」
なんだろう。今、すごく冷たい言葉が聞こえたような…。

「な、に…蛮ちゃん…?」
ちゃんと聞くのが怖かったけど、今聞き逃したらダメなような気がした。
「…お前はいつも、誰にでもこーやってくっついてんのか、って聞いてんの。」

「ほぇ…?」
一瞬、意味がわからなかった。
―――くっついてる、って…
こうやって抱きついてるってコト…?

確かに、友達とかにもすぐ抱きついたりはする。
だけど、こんな気持ちを持った抱擁は、こんな気持ちを込めた抱擁をする相手は、
もちろん蛮しかいない。

「え、っと…仲のいい人にだけ、かな…?でも、あのね‥」
嘘はいけない。…よね?
でも、大事なのは蛮ちゃんだけだよ、って言おうとした。
…大好きなのは蛮ちゃんだけだよ、って。
でもその声は。

「…期待だけ、させてんじゃねぇよ…!!」

蛮ちゃんの叫びに遮られた。
…いきなり蛮ちゃんがおっきい声出して。
オレがビックリしていると、今までくっつき合ってたオレとの身体の間に距離を作った。

「蛮ちゃん…?」
今のオレには蛮ちゃんの名前を呼ぶことしか考えられなくて、再び蛮ちゃんの名前を呼ぼうとしたとき。

「蛮ちゃ…」

唇に、やわらかいものが当たった。
一瞬、何があったのかわかんなくて、何の反応もできなかった。
10秒くらい経って、目の前に蛮ちゃんの綺麗な顔があることに気付いた。

あ…もしかして、オレ…
蛮ちゃんに、キス…されちゃって、る…?

「……!!!んぅっ!んんっ…!!」
胸をどんどんと叩くけど、4歳も上の蛮ちゃんの力は、
オレの力の比ではない。
ぬるっ、と何か温かいものが口内に入ってきて、オレは一種のパニック状態になった。

「んんッ!!んっ、んんんん!!」
もう訳がわからなくて、声をだすことしかできなくて。
でも、声出すっていっても唇で抑えられてるからきちんと声を出せなくて…。

どんなに抵抗しても、蛮ちゃんは頭と腰に回した手を離してはくれない。
その間にも、蛮ちゃんの舌はオレの口の中を暴れている。

こんなの初めてだし、大体キス自体オレは初めてで。
どんなに蛮ちゃんの方を見て訴えたって、蛮ちゃんは目をつぶってるから意味がない。

息継ぎの仕方も知らないから息ができなくて、呼吸も苦しくなってくる。
オレの口の端からは二人の透明なモノが混ざりあった雫が零れてくる。
そんなになっても蛮ちゃんがキスをやめてくれる気配はない。

どうしたらいいのかわかんないし、蛮ちゃんがどうしたいのかも、
何を考えてるのかも、なにもかもがわからない。

あまりにも混乱しすぎて、
――――涙が溢れた。

「ふっ…ん、はっ…」
さっきまでの喘ぎ方との違いに気付いたのか、キスを少しだけ浅くした蛮ちゃんが、瞳を開けてオレの顔を見た。

「っ!?」
オレが泣いていることに驚いたのか、
蛮ちゃんが唇を離した。

「銀、次…」
あれだけ色々としたくせに、蛮ちゃんが泣きそうな顔でオレを見た。

「んで…?」
好きだったのに。

「なんでっ…なんでこんなことぉ…!」
もう、蛮ちゃんのしたいことがわかんないよ…!

「っ…バカっ!!」
何にも言わない、言ってくれない蛮ちゃんが悲しくて、オレは蛮ちゃんの家を飛び出した。
後ろからオレを呼ぶ声は聞こえたけど、オレは止まらなかった。
怖くて、止まれなかった。

次の日、オレは学校の帰りに蛮ちゃんの家に寄った。

だけど、蛮ちゃんの部屋は、空き家になっていた。

「え…」
昨日の蛮ちゃんのキスの意味を聞こうと思ってたオレは、
部屋の入口の前で呆然と立つことしかできなかった…。

オレは、そのマンションの管理人のおじさんに聞いてみた。
ここの3階に住んでいた美堂さんがどこへ引っ越したか知っていますか?、と。

だけど、おじさんは苦しそうな顔をして、こう言った。

「君が、天野くんだね? …口止めされているんだよ、美堂君に。
だから…儂からは言えんよ…悪いなぁ…」

――また、泣きそうになってしまった。

…口止め、してる?
蛮ちゃんが、オレに。

「君が、天野くんだね?」
とオレに聞いた、ってことは、蛮ちゃんはオレ限定で口止めをしたということ。
その事実を自分で確認したオレは、さらに泣きそうになってしまった。
でもおじさんの前で泣くわけにもいかないし、お礼を言ってオレはマンションをでた。

自分の家につく間に、オレは泣いていた。
ずっと一緒にいた蛮ちゃんが、オレに何にも言わず離れていっちゃったことが、
どうしても悲しくて、寂しくて。

こんなことになるんなら、昨日のうちにちゃんと話を聞いておくんだった。

そして、好きだよ、って言えばよかった…。

後悔しても、どんなに思ったってもう離れてしまった蛮ちゃんにはこの気持ちを伝える事は出来ない。
そのままオレは、蛮ちゃんに会うことができないまま高校へと上がったんだ。

 

 

→4

 

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