あぁ、どうして。
いつもは嫌になるくらい鈍いクセに、こういう時だけカンが鋭くなるんだ。
「初めまして、美堂蛮です。よろしく。」
…その一言。隣に立っていた先生も、オレ達生徒もちょっと驚いた。
…まぁ、蛮ちゃんらしいといえばらしいけど…。
そんなことより、…やっぱりそうだった…。
やっぱり、あの蛮ちゃんだ。
綺麗な黒髪に、不思議な色を放つ深い紫の瞳。
前は髪の毛をウニみたいに…っと、そうじゃなくて、ツンツンと立てていたけど…
さすがに学校では下ろしてるみたい。
…向こうは、オレのこと覚えてるのかな。
それともとっくに、忘れちゃってるのかな…。
覚えていてほしい気持ちと、もうあのことは忘れてほしい気持ち。
両極端な気持ちが、オレの中でぶつかり合う。
…ってゆーか、なんで今頃この学校に…?
蛮ちゃん、学校の先生になりたいなんて、そんなの一言も聞いたことないよ…?
目の前の教壇で、先生が蛮のことを紹介している。
…何とも、とても有名な学校から転任してきたそうで。
学力とは極力縁のない銀次でも、聞き覚えのある学校だった。
…もう忘れちゃったけど。
でも、それくらい有名な学校だった。
皆がその紹介を聞いて思った事は、なぜ今さらそんな学校から、こんな変哲のない、
普通の高校へきたかということ。
「…さて、じゃぁ美堂先生への質問タイムとでもしますかね。美堂先生、お願いします。」
と言い残して、紹介していた先生は教室を出て行った。
先生が出て行った途端、一斉に上がる女子の手。
蛮が適当に当てていけば、出る質問は全て
「先生、彼女は?」「先生のタイプは?」「なんでこの学校に来たの?」
というような内容の質問ばかり。
蛮は、適当にほとんどの質問を流していたが、これだけはきちんと答えていた。
「先生、好きな人は?」という質問。
その質問に答えるときの蛮の表情は、懐かしむような、だけど少し切ないような顔だった。
「…いるよ。ずっと昔から、思っている人がいる。
明るくて、元気で…。少し頭の方が弱いけど、何故か他のやつを引きつける力を持ってた。
んで、一緒にいるだけで癒してくれる力を持ってたヒト。…今でも、好きだよ」
それを聞いていた銀次自身、先生がそんなこと言っていいのか?と思った。
加えて、結構なショックを受けていた。
…やっぱり蛮ちゃん、好きな子いたんだ…。
じゃぁなおさら、なんで蛮ちゃんはあの時あんなことしたの…?
…あぁ、やっぱり脳の使いすぎて今日熱でちゃうかもしれない…。
銀次が頭を沸騰させている間にどうやら蛮への質問タイムは終わっていたようで、
蛮は授業前の休み時間へと移ろうとしていた。
キーン...コーン...カーン...コーン....
学校内へ響くチャイム。
「…じゃぁ、今の鐘をもって休み時間とします。ちゃんと次の授業の用意をしておくように」
そう言って、蛮は教室から出た。
「っ…はぁ…」
どうしよう、どうしよう…
よりによって、蛮ちゃんが担任!?
どうして…っ…
銀次のこの思いは表情へ出ていたらしく、花月は声をかけた。
「銀次さん?何かありましたか?疲れたような顔、してますよ」
花月に指摘され、銀次はハッとした。
…ダメだ、他の人に気づかれちゃ。
『美堂先生が担任になってショック受けてました』
なんてバレたら、カヅっちゃんのことだし、蛮ちゃんを敵視するに決まってる…!
ひえぇっと思いながら、
「ううん!全然平気だよっ♪
ホラ、今日オレ階段すっごい頑張って登ってきたからさぁ…その疲れが今頃きちゃったんだぁ」
苦し紛れの言い訳をした。
「そうですか、それならいいんですよ」
花月はにこっ、とやはり女のような綺麗な笑みを銀次へ向けた。
いつも以上に銀次は、ぼーっとして授業を受けていた。…給食時以外は。
気づくともう帰りの会で。
…あれ、蛮ちゃん担任ってことは帰りの会でやっぱ教室にきちゃうのかなぁ…。
と思っていると、銀次の考えは的中。
扉の開く音がし、女子の「やっぱりかっこいぃよねー…」
というような、囁くような声があちこちから聞こえてきた。
「じゃ、帰りの会始めます。…」
なんか言ってるようだったけど、オレの耳には入らない。
誰から見てもぼーっとしていたはずなのに、蛮ちゃんはオレに注意すらしない。
…てコトは、特に気に掛けないくらいオレのことはどうでもイイ、ってことだよね…
最初、会ってあんなにびっくりしてたのに…てっきり、オレのこと覚えてるのかと思った。
…それもそれで傷つくなぁ…。
オレだけ蛮ちゃんを覚えてて、蛮ちゃんだけオレのこと忘れてるのって。
…懐かしいなぁ、あの頃が…。
まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったし。
銀次は、どうしても思い出さずにはいられなかった。
蛮と過ごした、たくさんの日々を。
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