「ねぇ、素直に卑弥呼ちゃんとこ謝りに行こうよぉ」
ぐでっと項垂れる銀次。
…それもムリはない。
街中では、普段の蛮のように振るまわなければ
「俺の姿しといてだらしねーことすんな!!」
ってゲンコツくらうし、蛮の日頃の行いでできた敵には襲われるし…。
蛮にいたっては、銀次の姿をしているのに、
周りの人に暴言は吐きまくるわ、行動も荒いわで銀次にとって散々だ。
「…やだね。なんで俺様が卑弥呼に…」
…蛮はこれだし。プライドだかなんだか知らないが、
卑弥呼に謝るのがどうしても嫌らしい。
「もー…蛮ちゃぁん…」
これでは仕事もできやしない。
下手に蛇眼やスネークバイトを使うことはできない。
蛮だって雷を出す感覚がよく分からないらしい。
「ダメじゃんオレら…っだ!」
…殴られた。殴られるのはいつものことだが、今日のはなんだか許せない。
―だってオレなんにも悪くないじゃん!
こんなことになっちゃったのだって蛮ちゃんのせいだし、元に戻れないのだって蛮ちゃんの変な意地っ張りだし…!
「―――っ、もう知らない!オレちょっと外行ってくる!!」
このままだと自分が蛮に何を言ってしまうかわからないので、頭を冷やしたかった。
「――銀次!!」
あーぁ。行っちまった…。
…確かに、今回悪ィのは俺だけれども。
…ただ、銀次の姿をしていると…
今まで自分の入り込めなかった銀次の部分が知れたような気がして、もう少しこのままでいたい、なんて思ってしまったのだ。
――我儘、だよなぁ。
卑弥呼に謝っとくか…。
蛮がそう考えていたとき、携帯電話が鳴った。
「…もしもし。」
『あ、蛮クン?ヘヴンよ!お仕事入ったわよーv
今HTにいるんだけど来れるかしら?お仕事の説明したいんだけど』
「あー…悪ィけど今…」
――銀次を探すのが最優先だから。
そうして、ヘヴンの提案を断った。
しかし…
『銀ちゃんなら、こっちにいるわよ?…ホラ、早くHTにきて!待ってるわよ~』
ブチッ。
そして切られる通話。
銀次が、HTに…?それなら丁度いい。
銀次の居場所は分かったわ、仕事はくるわ。
蛮はスバルを走らせた。
××
「あーら…そんなコトがあったの?レディポイズンもやるわねぇ」
…そうじゃねぇだろ。
「ヘヴンさぁあん…あのね、オレら困ってるの!」
俺の姿をした銀次が情けない声を出す。
どうやら、銀次は先にヘヴンに話をしたらしい。
…なるほど、それでさっきの電話でいきなり『蛮クン?』と聞いたのか。
何も知らないやつだったら、この声を聞けば銀次だと思うだろう。
「あらぁ…なら、今はお仕事やめておいた方がいいのかしら?」
…まぁ、普通の奴ならそう考えるだろうな。
しかし、俺らは違う。
金がない。とにかく金がない。
せっかくきた仕事を断れるか…!
「いや…やる」
「蛮ちゃん…?」
銀次は、てっきり仕事を断るのかと思っていたらしい。
確かに、俺らは今何もできない。
俺の力も、銀次の力も。
だけど、銀次はあの時…
電撃が出なくなったときでも、乗り越えられた。
最後は危なかったが、俺のところまできた。
「ヘヴン、仕事の内容教えろ」
「…あんだよ、簡単じゃねェか」
内容を聞けば、実にそれは容易な依頼。
「えっとぉ…女の人の家の鍵を奪り還せばいいんだよね?そのストーカーから」
――依頼人は、20代の美しい女性。
元恋人につきまとわれ、…まぁストーカーだな。
最初はただ放っておけばいつか諦めるだろう、と思っていたらしいのだが…
いつの間にか、バッグの中から自宅の鍵を奪られてしまったらしく。
家を空けている隙にその鍵を使い女性の家の中へ入り、嫌がらせをしてくるらしい。
「うっわ…最低ね、そんなオトコ…。別れて正解ね」
「本当にそんなことする人いるんだねぇ、蛮ちゃん…」
被害者が女だからだろうか、普段以上に話に感情移入したらしい銀次が呟いた。
「そんなんいっぱいいるんじゃね?なんつーか…その女もご愁傷様、って感じだな」
蛮は何気なく吐いたつもりだったのだが。
「ご愁傷様、じゃなくて!それじゃぁその女の人可哀想じゃんか!
早く鍵を奪還して、安心させてあげなきゃ!」
…これだから甘チャンは。
××
「いーか銀次、油断すんじゃねェぞ?相手は普通のやつだからって、今の俺らは力を使えねェんだからな」
何度も何度も釘を刺す。
そのたびに銀次は「わかってるよ!」と返すが…
本当にわかっているのかは謎だ。
「あ、あの人かなぁ?」
「あン?」
あれ、と銀次が指をさした方を見れば。
「ありゃぁ…自分から不審者です、っつってるようなモンだな…。バカだろあいつ」
「……うん」
それはそれはひどい姿をしていた。
黒い帽子をかぶり、黒いサングラス、黒いマフラー、黒いロングコート、黒い手袋、黒いジーンズ…。
「…あれ、何か嫌な人を思い出しちゃったなぁ」
…身近にもいる、黒づくめの人物。
思わずその存在を思い出してしまい、銀次は鳥肌を立たせた。
「アホなこと言ってんじゃねェ!オラ、行くぞ!」
とん、とん、と二人は階段を上がり、女性の家の前に立っている男へ近づく。
この家の女性の勤務時間もすべて把握してあるのだろう。
今回も依頼人が仕事場へいるこの昼間に男はでてきた。
「あのぉ…貴方、この家の住人じゃぁないですよね?」
とん、と肩を叩き、後ろから銀次が控え目に問いかける。
…返事はなし。
「オイコラテメェ無視してんじゃねぇぞ!わかってんだよ、テメェがここン家の女ストーカーしてんの。
オラ、鍵返せよ。お前そんなことして女に好かれるワケねーだろーが」
返事がないことに苛立ったのか、蛮が乱暴な口調で男に話しかける。
「ちょ、蛮ちゃん…!」
いくらなんでも言いすぎだよ、と銀次がストッパーをかけるが。
「チッ…」
蛮は一つ鋭く舌打ちをすると、ドアを開けようとしていた男の手から鍵を奪い取った。
「これはもらっとくぜ?お前が持ってると迷惑する人間いるんだよ」
アッサリと言い放ち、男に背を向けその場を離れようとした、その時。
「……うぁあああ!!!」
背後から、この明るい昼間にはそぐわない声。
「っ…?!」
二人は振り返り、声の主の男を見る。
…その瞬間。
銀次は後ろの策へと吹っ飛んでいた。
「っかは…!」
何が起こったのか、銀次には訳がわからなかった。
後ろを振り向いて、男の姿をこの目で確認した瞬間…
気付けば、策に叩きつけられていた。
「銀次!!」
蛮は、かろうじて男の動きを捉えていた。
Novel