自分らが男の方を向いた時、同時に男が銀次へ向かい。
銀次の腹を思いきりその拳で殴りつけたのだ。
その力で銀次は後ろへと吹き飛ばされた。
「お前…何者だ…?」
普通のやつの動きじゃあなかった。
「…………」
だが、男はその問いには答えない。
ただただ、蛮の姿をサングラスに映すだけ。
「蛮、ちゃ…コイツ…」
先程の状態から体勢を持ち直したのか、銀次がなんとか自力で立ちあがり、蛮の隣へ並ぶ。
「銀次、大丈夫か?」
苦しそうに呼吸をする銀次の背中に手を回し、腕を自分の首へと掛けさせ、その身を支える。
「ありがと…大丈夫だよ…」
そう言って銀次は優しく微笑むが、その表情は苦痛を隠し切れていない。
「ブツは奪り還したし…ここは逃げるぞ!」
本来なら、この男をぶっ飛ばしたいところだが。
…銀次の腹、ようするに蛮の腹の部分のシャツは、千切れていた。
――それほどの威力を持つというのか。あの男は。
今の自分は力を使えないし、銀次の身体に負担を掛けるわけにもいかない。
まだ軽くふらついている銀次を背負い、勢いをつけ階段を飛び降りた。
…自分の姿をした男をしょっているとは不思議な感覚だが、今はそんなことを言っている暇はない。
すぐ傍に停めておいたスバルへ乗り込み、エンジンをかけ、HTへと向かった。
「…マジかよ」
ミラーをちら、と見れば、後ろから走って追ってくる男。
物凄い形相で、車を追ってきている。
だが、所詮は人の足。限界はすぐにきたのか、男は走るのをやめ、その場に蹲った。
それをミラー越しに確認した蛮は、少し車のスピードを下げた。
赤信号へとさしかかり、車を停車させる。
「…?」
僅かに聞こえる、男の叫ぶような声。
まさか、と思い窓を開けて後ろを見ると。
「待てぇえええええ!!殺す…殺してやるぅぅぅ!!!」
そう叫びながら、男が走ってきている。
「なっ…!何なんだアイツ…!!」
あいつには、俺らを殺すことしか頭にない。
正気を失っている分、何をしてくるか分からない。
「っ、クソ…!」
すぐに車を発進させたいのだが、目の前には高速でいきかう車達。
いくらなんでもここへ突っ込めば、あの男に捕まる前に死んでしまう。
とりあえず開けた窓を閉め、車のドアにロックを掛ける。
「銀次…平気か…?」
ずっと隣で静かにしていた銀次。
「………」
「銀次…?」
何も言葉が返ってこないのを不審に思い、視線を隣の銀次へ移す。
「…銀次…」
よっぽど、先程の衝撃がデカかったのか…。
銀次は気を失っていた。
口元からは、血が流れている。
まだ胸板が上下に動いているのを確認し、蛮はホッと息をついた。
「しかし…ヤベぇな…」
この状態で襲われては、ひとたまりもない。
正直、一人で抑えられる自信は…あまりない。
邪眼をかけ相手の動きを止めることもできない。
電撃を飛ばし、痺れさせることもできない。
だが、一番の理由は…
今この身体が銀次のものだから、傷をつけたくない、ということ。
銀次は特異体質だから、軽いケガならすぐに治る事も知っている。
だが、この綺麗な体に…そんなもの、つけたくないのだ。
ぐるぐると考えている間に、男は車の前まできていて。
「なっ…チッ…!」
ウソだろ?なにやってんだ、アイツ。
脳裏に浮かんできたのは、そんな言葉。
…男はでっかい岩を持って、それを窓に叩きつけてきたのだ。
ガンッ、ガンッ、ガンッ!
「クソッ…!」
下手に外へ出たら、逆にやられてしまう。
だからといって、このままでは…
ぴし、と耳へと届く嫌な音。
―ヤバイ…!
そう思った瞬間、蛮は銀次の身体の上へ…
覆いかぶさっていた。
××
「ぁ…?」
――気を失って、いたのか。
あれからの記憶が…ひどく曖昧だ。
「…銀次!」
そうだ、あん時…あともうちっとで窓ガラスが割られそうになって…
あのまんまじゃぁガラスの破片が銀次へ降りかかっちまうから、上に乗っかって…
それから。
それから、どうしたんだ?
「蛮、ちゃ…?」
頭上から聞こえてくる、銀次の声。
その声が聞こえたことに、ひどく安心した。
…よかった。銀次は、無事だった…。
…ん?頭上?なんでだ?確か俺が、上に乗って…。
「ッわっ…!ごめ、蛮ちゃん…!重かったよね!」
その台詞と同時に、身体がふっと軽くなる。
そして、目の前にいる銀次の姿。
「…戻ったんだな」
……そうか。だから位置が反対だったんだな…。
そんで、ちゃんとした銀次の声だ。
いつもの、銀次の声…
そして、向日葵のような笑顔。
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