ねぇ、蛮ちゃん。
オレさ、今すっごく幸せなんだぁ…。
…なんでだと思う?
――あのね、大好きなひとと…一緒にいれるから。
「蛮…じゃない、美堂先生」
「ん、銀次。どした?」
授業が終わって、蛮ちゃん…もとい、美堂先生が教室から出ようとするとき。
オレは毎回、先生のところにいって話しかける。
え?なんでって…。
そりゃぁ、蛮ちゃんのことが大好きだから…だよ。
オレよりも幾らか背の高い先生。
先生の耳元までちょっと背伸びをして、小声で言った。
「蛮ちゃん…、あのね、今日オレんちにきてほしいの…」
――こういう会話をするのは、いったい何回目だろう。
…仮にも、先生と生徒…だから。
もちろん公にはできないのだ。
「…了解。じゃぁ、仕事終わったらすぐお前んち行くから」
「うん!待ってるね!」
「できるだけ早く終わらせるから…、な」
そう言って優しく笑うと、頭を撫でてくれた。
他の生徒から見れば、普通の光景だろう。
それに反して、会話はあってはならないもの。
教室から出ていく蛮を見ながら…銀次は呟いた。
「…まってるね、蛮ちゃん…。」
抑え切れない嬉しさが、どうしても表情にでてしまう…。
――そんな、場面を。
「やれやれ…転任早々、銀次君に手を出すとはね…。ねぇ、兄さん?」
……弥勒兄弟が覗いているとは、思いもしない銀次だった。
「あれっ…蛮ちゃん?」
全て授業が終わって、自宅へ帰る途中。
体育館の裏で、制服を着た女の子と話している蛮が見えたのだ。
どうしたの?と、声をかけようとして。
銀次は、動きを止めた。
「え…?」
――その女の子が、蛮の頬にキスをしたから。
「…っ、」
…どうして?
蛮ちゃん、その女の子…だれ…?
やだ、やだよ…!
…見ていたくなくて。
銀次は、その場から走りだした。
「おい…弥勒…テメェ」
「ふふ、なぁに?」
するっ、と蛮から身を離して、何もなかったような顔をする奇羅々。
銀次がすぐ傍にいたこともわかっていた上で。
「…はぁ…」
溜息を一つ落とすと、奇羅々に背を向けて歩き出した蛮。
あら?と蛮を追いかけて、引き留める。
「…銀次くんを追うの?」
「あたりまえだろ」
「どうして?ただの生徒に見られただけで?」
「……」
確かに、そうだ。
普通の、なんの関係もないはずの銀次。
…ということになっているのだ。
「…キス見られたんだからしょーがねぇだろ」
「別に…銀次くんはそういうのバラすタイプじゃないわよ」
「知ってる」
「ならどうして?」
―――あぁあ、面倒くさい!!
全てわかっているくせに、わざと問いただしてきやがる。
だから女っつーのは深く関わりたくねェんだよ…!
「…生徒と先公がキスなんて論外だろ」
「……頬でも?」
「頬でもなんでもキスはキス」
「ふーん……」
やっと諦めたのか、奇羅々は身を離した。
「じゃ、またねー先生」と軽く手を振って、校門へと向かっていった。
…銀次を追いかけるつもりだったのに。
さっき自分で言った台詞が…胸に突き刺さって。
『生徒と先公が……』
――それは、自分が犯している罪。
元々が幼馴染だったとはいえ、今の銀次との関係はあくまで先生と生徒なのだ。
ぐ…と自然に右手に力が入る。
「………くそっ」
とにかく、今は銀次を探さなければ。
きっと誤解をして…泣いてるに違いない。
――高校生が乗るようにできていないブランコは、
銀次が肩を揺らすたびに小さく軋みを上げた。
「ふぇっ…ぅ、っく…」
…ひどい、ひどいよ蛮ちゃん。
そりゃぁさ、オレなんかより可愛い女の子の方がいいだろうけどっ…。
でも、でもさぁ…!
「ふぇええ……蛮ちゃぁん…ばかぁ…」
オレは、蛮ちゃんのこと…大好きなのに。
こんなに想ってるのはオレだけだったの?
オレからの一方通行の恋だったの…?
「う…、ひっ…く、」
あの場を離れた後、とにかく走って走って。
頭の中の映像を吹っ飛ばすように走りまくった。
そして気がついたら、蛮の自宅の近所の公園にたどり着いていたのだ。
幸い、公園には誰も人がいなくて。
小さい公園だからか、小さいブランコと小さいトンネルしか設置されていない。
他から見られにくいトンネルに入ろうかな…とも思ったが、
出られなくなりそうなので、2つあるブランコの片方に座ったのだ。
――すると。
…次から次へと涙が溢れてきて、視界が滲んでいく。
哀しくて、…悔しくて。
蛮が今まで言ってくれた優しい言葉は、全てウソだったんだ…と。
「っ…ばんちゃん…大好きなのにぃ…」
オレは、誰にも負けないくらい蛮ちゃんのことが大好きだよ。
なのに、蛮ちゃんは違ったんだね…。
やっぱり可愛い女の子の方がいいんだ。
…わかってたけど。
わかってたけど、…かなしいよ。
「…んぁ…」
ポケットに入っている携帯が、今に似合わない軽快なメロディーとともに震えた。
ぐすぐすと鼻をすすりながら、画面も見ずに電話にでる。
「…もしもし…天野です」
ぐずっ、と言葉の間で詰まってしまう。
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